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今日の新潟市小針の天気は晴れ。

昨日は宝池の会の新年会でした。

3時からおつとめ(お正信偈の唱和)の後、法話。

5時半から寺地の「かわかみ」という料理屋さんで新年会でした。

うれしかったのは、手術をされて以降、

宝池の会に足を運ばれなかった田中さんが来られた事です。

聞くと、切った所がチクチク痛み、

外に出る気になれなかったとのこと。

奥さんが亡くなられて7年が過ぎ

自分もだんだんけじめがなくなり、

毎日お酒ばかり飲んでいるということでした。

そんな中、新年会に足を運んで下さりありがとうございます。

「自分は来ても何もしゃべることもないし、つまらないでしょう」と言われてました。

いえいえそんなことはありません。

おられるだけで何か会の雰囲気というものが違ってきます。

第一、お酒の席では饒舌で、よーく勉強されていることがわかります。

家を出る時から聞法は始まると教えられます。

お寺に来て仏法を聴聞することが聞法だと思われますが、

すでに家を出るまでの並々ならぬ気持ちと、準備と用意が必要なわけです。

その生活全体がすでに仏道を歩んでいることになります。

どうかお寺へ足を運んで下さい。

奥さんもそういう姿を望んでいるはずです。

ごいっしょに生きる目的を仏法に聞いて参りましょう。

             ずっこけ住職









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