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ちゃんと育ててくれたのに
恩返しもしてないのに
こんな私を待っててくれたんやね
 


寺子屋習字教室のあと、残った子ども達で後かたづけと掃除をします。
三才の娘がトイレで雑巾がけをはじめ「べっぴんさんになれるんやで~」と歌っていました。
紅白歌合戦にも出場した植村花菜さんの「トイレの神様」の歌です。
    
おばあちゃんといっしょに暮らしていた女の子はトイレ掃除が苦手でした。
おばあちゃんは女の子にこう言いました。
「トイレにはそれはそれはキレイな女神さまがいるんやで だから毎日キレイにしたら女神さんみたいにべっぴんさんになれるんやで」
その日から女の子はべっぴんさんに絶対なりたくて毎日毎日トイレをピカピカに磨きはじめました。
それからすこし大人になった女の子はおばあちゃんとぶつかるようになりました。
家族ともうまくやれず居場所もなくなりました。女の子は一人きりで家を離れました。
二年がたっておばあちゃんが入院しました。女の子は心配でおばあちゃんに会いに行きました。
「おばあちゃん、ただいまー」とわざと昔みたいに言ってみました。だけどちょっと話しただけなのにおばあちゃんは「もう帰りー」と女の子を病室から出してしまったのです。
次の日の朝おばあちゃんは静かに眠りにつきました。まるで女の子が来るのを待っていてくれたかのように。
女の子は泣きました。
 ちゃんと育ててくれたのに
 恩返しもしてないのに
 いい孫じゃなかったのに
 こんな私を待っててくれたんやね
女の子はおばあちゃんの言葉をいつも思い出します。
「トイレにはそれはそれはきれいな女神さまがいるんやで。だから毎日キレイにしたら女神さまみたいにべっぴんさんになれるんやで」
気立てのいいお嫁さんになるのが女の子の夢でした。今日も女の子はせっせとトイレをピカピカに磨いています。おばあちゃんのくれた言葉は今日も女の子をべっぴんさんにしてくれています。
 おばあちゃん おばあちゃん
 ありがとう。
 おばあちゃん ホンマに ありがとう。

一番身近にいる家族の言葉は聞けないものです。自分のことを心配してくれているから厳しい言葉にもなる。自分でもわかっているのに素直に聞くことができず反発し反抗し、そしてしまいに傷つけてしまう。
反抗すれば反抗したほど、亡くなってみてその人の大切さと大きさを知ります。そしていよいよ自分に対する懺悔の念が強くて重くなってくるのです。
でもそういう私を見越して待っていて下さるのが親というものなのでしょう。
女の子にとってのおばあちゃんはかけがえのないおばあちゃんでした。おばあちゃんにとっても女の子はかけがえのないお孫さんでした。
それは亡くなってもずっと続きます。おばあちゃんの姿が実はトイレの女神さまなのでしょう。べっぴんさんになりたい本当の姿はおばあちゃんの生き方であり、おばあちゃんそのものではないでしょうか?
我々真宗門徒にとって阿弥陀さまが私たちの親様です。南無阿弥陀仏と阿弥陀さまを呼ぶことによって、お浄土からいつも「心配ないよ」と呼びかけて下さるのが親の声であり、阿弥陀さまの大慈悲心です。
五濁とよばれるこの世を、阿弥陀さまを信じて生きる。すると阿弥陀さまの光明に包まれ私たちも一人一人輝く人生となる。それが各人各人がべっぴんさんになっていくお念仏の姿なのです。
「トイレにはそれはそれはきれいな阿弥陀さまがいるんだよ。だから毎日キレイにしたら阿弥陀さまのようにべっぴんさんになれるんだよ」と手を合わす習慣を子や孫に伝えてみてはいかがでしょう。
阿弥陀さまは、いつでもどこでも誰のうえにでも念仏申すその中におられます。我々の帰依処「命のふるさと」であるのです。



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